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岐阜地方裁判所 昭和32年(行モ)1号 決定 1957年3月15日

申立人 杉本武夫

被申立人 岐阜県議会

主文

被申立人が昭和三十二年三月九日申立人に対しなしたる同日より昭和三十二年三月十五日まで本会議及び委員会の出席を停止する旨の決議の効力を岐阜地方裁判所昭和三十二年(行)第二号議決決定及び宣告取消請求事件の本案判決確定に至るまで停止する。

理由

申立人代理人は、主文同旨の決定を求め、その理由とするところの要旨は、

一、申立人は、被申立人議会の議員であるが、昭和三十二年三月八日定例県議会の本会議において、県施行の土木事業に批判の矢を向け、就中その治水工事に関する地元負担金(受益者負担金)の徴収状況に対し、質疑発言し右負担金の適正公平なる賦課の必要を力説し、言たまたま犀川の五六輪中水害予防組合の負担金問題に及び次のような措辞の発言をした。

「特定な人間のために、この負担金を取らないということであれば少くとも県の執行部に県民に対するところの執行に対して大きな不信を買う点があると思うのでございます。なぜ遠慮して取られないかというと、この点について、はつきり受け承りたいと思うのでございます。県は、少くとも、公平を期するということが、知事にいたしましても、副知事にいたしましても、当然、執行に当つての責任者として言うべきことでございますが、いまだに、その徴収がされておらないという点は、今後においてもどのような形で、どのような時期に徴収するか、その点受け承りたいと思うのでございます。

しかもこの犀川の五六輪中水害予防組合管理者というものは、私の聞くところによれば、当岐阜県議会議長であるところの松野幸泰氏が管理者となつておられるということを聞いておるのでございますが、県の執行部に対して厳正なる予算の執行を監視するところの議会の、しかも代表者であるところの県会議長がどういうお考え方で、この負担金を取らないというふうに取扱つておられるか、あるいは、そういうことについて納めるべき金がないというようなはつきりした理由があるか、その点について受け承りたいと思うのでございます」

二、しかるに被申立人議会の議員吉田好外三十三名は、申立人の右発言をとらえて申立人に対する懲罰動議を提出し被申立人議会は、即時右審査を懲罰特別委員会に付託した上、その審査結果に基ずき、同日本会議において、遂に申立人を同日から同月十五日までの七日間、議会出席停止処分に付する旨の議決をし、右議場において、副議長からその旨宣言した。しかして、その理由とするところは、申立人の前記発言中前示犀川の改修工事負担金に関する部分は、事実を甚しく歪曲したもので恰かも、右松野議長がその地位を悪用して公正なるべき県政の執行を阻害したとの感を県民に与え、右松野議長を失脚させようとした言辞で無礼極るものであり、且つ、議長を侮辱したものであるから、右は地方自治法第百三十二条に抵触するというのである。

三、しかしながら、右被申立人のした右県議会出席停止の議決は次の理由で違法である。

(一)、そもそも地方自治法第百三十二条は、議会の品位を保持するため、議員は自己の意見や批判の発表に必要な限度を超えて、他の議員やその他関係者の正常な感情を反撥する言辞を用いないことを規定し或は、他人の私生活にわたる言論を禁止しているに過ぎないものであるから、議員の議場における言論の故を以てする懲罰は右事由以外の事由によりこれを課することは、もとより許されないところである。

(二)、しかるに申立人の前記発言は、何ら無礼な措辞によるものでもなく、さりとて、他人の私生活にわたる言辞でもない。県議会議員は、普通地方公共団体の行政調査を行い、これを問責する権限のあることは明白であるから、申立人が発言したように、県に納入すべき治水工事の地元負担金の納入遅延の有無乃至は、その理由を、議会において質疑し、これを明白ならしめることは、議員としての職責に忠実であつたことになりこそすれ、これを何らかの懲罰に該当する事由とするが如きは、到底夢想だにできないところである。

四、叙上のように、申立人の言辞は何ら懲罰事由に該当しないにも拘らず、その認定を誤り、決定された本件懲罰処分は、違法と断ずるのほかないから、これが取消を求めるため、申立人は、昭和三十二年三月十一日岐阜地方裁判所に対し、右違法行政処分取消の訴を提起し、右訴訟は現に係属中(当庁昭和三十二年(行)第二号)であるが、右本案訴訟が確定するまで、申立人をして議会に出席させないことは、昭和三十二年度岐阜県予算審議を控える本会議も同年三月十五日で終了するため現在は最も重要段階である折柄、多数の選挙民により選出された議員としての職務執行を不能にし、償うべからざる損害を生ずる虞が多大であり、右損害を避けるため緊急の必要があるので本件執行停止の申立に及ぶ

と謂うにある。

仍つて按ずるに申立人提出の疏明資料によれば申立人主張事実を一応認めることが出来る。

而して右事実によれば申立人の主張は正当であるから之を許容し、行政事件訴訟特例法第十条第二項、第四項に則り主文の如く決定する

(裁判官 奥村義雄 可知鴻平 白川芳澄)

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